腸の悩み
私は腹が頑丈だ。
ここまで丈夫じゃなくてもいいのに…というぐらい頑丈だ。
自分の腸の内壁は、鉄に覆われているのではと錯覚することがある。これには子供の頃から本当に困らされている。
何が困るかというと、頑丈＝健康という意味ではないことだ。お腹を壊すことが少ない反面、普段から極度の便秘である。
小学生のとき、健康診断の問診票に「便は毎日出ますか？」という項目があった。
読むたび、そんなわけないだろうと思っていた。オシッコは毎日出るけど、ウンピなんてものは３日に１度ぐらいがせいぜいだろうと。
それを母に話すと、「普通の人は毎日出るんだよ」と教えられた。だからお父さんは、毎朝必ずウンピしてから会社へ行くだろうと。
言われてみればそうだ。うちの父は、毎朝長時間トイレへ籠もるため、私や母が尿意を催しているのにトイレへ行けずに困る、ということがしょっちゅうあった。（迷惑な悪癖だ）
「じゃあお母さんも毎日するの？」と聞くと、「お母さんも毎日出ないよ。毎日出ない人のことを便秘っていうんだよ」と初めて教えられた。
私は便秘なのか…。
そう自覚したものの、特に困ることはなかったので、何もしないでいるうちに私の便秘はどんどん強固なものとなった。
３日に一度だったのが５日に一度、そして１週間に一度に、さらには１０日に一度となって、ひどいときは２週間に一度というペースになった。
困るなあ、と思い始めたのは、ダイエットを開始したときだ。
便が詰まっているということは、その分体重は増えるし、お腹もぽっこりする。当時はこんな知識はなかったが、便が滞れば体に毒素が溜まり、デトックスできずますます太りやすくなるという悪影響まで出てくる。
また、もうひとつ困ったのが、飲食店でアルバイトをしていたときだ。
飲食店で働くと、数カ月に一度、検便をしなければならない。その提出日までに便通が間に合いそうになく、どうしようとオロオロすることが何度もあった。毎回ギリギリのところでどうにかなったが、便秘薬を飲んで出したものを提出すると、薬の成分が検出されたりするのかどうかいまだに疑問だ。（勇気がなくて試せなかった）
大学を出て社会人になるとますますひどくなり、自力で出せなくなってきたため、週に一度、便秘薬を使って出すというのが普通になっていった。
けれどもこれにも限界があり、私の頑丈すぎる腹は、便秘薬の成分にすぐ抗体を作る。３回ぐらいは効いても、それ以上飲んだらもう反応しなくなるのだ。
そのせいで、何種類もの便秘薬をハシゴする羽目になり、最終的にはセンナ茶に落ち着いた。センナ茶にだけは、私の腹も太刀打ちできなかったらしい。だから飲み続けていたが、これほどまでの劇薬は、逆を返せば『ヤバイもの』なのでは…としばらくして気づいた。
よくYoutubeの動画で、若い子が『これをしたら便秘が治った！』というのを紹介している。
が、そのどれもが、私がすでに過去に試したものである。
食べ物なんて、これがいいと聞いけば何でも試した。けれど薬同様、食事療法も効果が続くのはせいぜい３回までで、それ以上やると意味がなくなる。
そもそも。
動画の子たちは『私、３年ぐらい便秘だったんだけど～』なんて言うが、３年なんて甘い！ 甘すぎる！ そんな短い期間の便秘、便秘のうちに入らない。
私の便秘歴は、イコールほぼ年齢だ。
言葉もまともに喋れないような時期にすでに、浣腸をされて泣いていた記憶があるし、それでも出ないときは、とてもここでは書けないような方法で母が出させていたという証言もある。
ちなみに今、私に浣腸は効かない。
将来もし、人間ドッグなどで腸の健康診断をすることになったらどうしよう、と不安に思っている。
大学のとき、腸の頑丈さここに極まれり、と言うべき事件があった。
当時私は、豆乳ダイエットに励んでいた。毎回食事の前に必ず無調整豆乳を飲み、食欲を抑制するというものだ。
その日は授業が昼からだったため、朝遅くに起きるとすでに両親は出かけていた。
いつも通り朝食前に豆乳を飲もうと思い、グラスに注ぐいだところ、あれ…？ なんだかドロッとしているように見える。
不審に思って賞味期限を見ていたが、期限まではまだ随分あった。
そういえば豆乳って、豆腐の原料なんだよなあ。だから少し固まってしまったのかな、と深く考えずにそれを飲んだ。よくよく考えたら、豆腐というのは『豆が腐る』と書くのに。
口に入れた瞬間、もの凄い味がした。
どんな味かと言われても説明しがたい。とにかく気持ちが悪く、生理的に飲み込むのを拒否してしまうような味と質感だった。
慌てて吐き出したが、勢いでほんの少しだけ飲んでしまった。
匂いを嗅ぐと、すごく臭い。
「え、これ…腐ってんの？ 賞味期限まで全然あるのに？」
不思議に思いつつ、豆乳のパックを冷蔵庫に戻したが、それ以上は飲まなかった。家に帰ってから、母に聞いてみようと思った。
それから準備をして、大学へ行ったのだが。
行く途中の電車の中で、無性に気分が悪くなってきた。
慌てて電車を降り、トイレへ駈け込もうとしたが、運悪くその駅にはトイレがない。
ものすごく慌てた。というのも、わざわざ吐こうとせずとも、胃の中のものが口までせり上がってきていたからだ。
手で口を塞ぎながら走って駅を出て、すぐそこにあったコンビニへ入った。
たまにトイレの貸し出しをお断りしているコンビニがあるが、そんなことを確認している暇などない。店員さんに「すみません、トイレ貸してください！」とくぐもった声で言うと、向こうも異常事態を察したのか、すぐに場所を教えてくれた。
ようやくトイレに入ると、もう何の努力をしなくても吐しゃ物が出てくる。やっと出せた、と安心したが、全然気分はよくならなかった。
ひと通り吐くと、店員さんにお礼を言ってコンビニを後にし、家に帰ることにした。とても大学になんて行っていられない。
その後も、途中の駅で何度か気分が悪くなりながら、どうにか地元の駅に着いた。
駅の下に、私がアルバイトをしていた店があったので、そこの事務所に駆け込んでしばらく休ませてもらう。立ち上がる頃には自転車に乗る体力もなく、タクシーに乗って自宅まで帰った。
家に着くと、母が買い物から帰ってきていて、具合の悪い私にすぐ病院へ行けと言った。幸い、病院は自宅から徒歩３分ぐらいの距離にあったので、そこへ行き、注射を打って、薬をもらって帰った。
早速注射が効いたのか、あるいは吐くものを吐き切ったせいか、再び家に着く頃にはだいぶ具合がマシになっていた。
帰ってからすぐ、母に事情を説明し、例の豆乳を見てもらった。
すると、
「臭っ！ アンタ、こんなもん飲んだんか！ そりゃあお腹壊すわ。食中毒やで、それ！」
と言われた。
やっぱり飲んじゃいけなかったんだ…と後悔したが、あとの祭りだ。
また同時に、ふとこう思った。
「食中毒ってことは、下痢するんじゃない？ ラッキー！」
なぜならそのときも便秘に苦しんでいたからだ。大学の授業をすっぽかしてしまったのは痛いが、ウンピを出せるのは嬉しい。
そんなわけで、ほんの少しウキウキしながら布団で休んだ。
しかし。食中毒菌が影響を与えたのは、どうやら私の胃だけだったようで、大腸のほうはなんともなかった。要するに、下痢どころかひとつもウンピは出ずに終わったのである。
これには愕然となった。
『鉄壁の腸』と、自分の腹に名づけたのはこのときだった。
その後も、腸もみマッサージを受けても何も出なかったり、海外旅行先で家族全員が腹を下してもひとりだけなんともなかったり、私の腸は頑丈さばかりをアピールしてきた。
でも最近知ったのは、こんな風に、あまりにも腸の動きが悪いことも『過敏性腸症候群』の一種だということである。
ちなみに主人は私の逆で、すぐお腹を下すほうの過敏性腸症候群だ。はっきり言って羨ましい。そうやって、食べたものをすぐ出すくせに、標準体重を上回っているのは不思議で仕方ない。
センナ茶もそうだが、便秘薬はかえってよくないということもわかったので、今は酸化マグネシウム以外、一切使用しないようにしている。
女優の松本明子さんが出された本を見つけたので、それを読んで実践し、毎日快便というわけではないがかなり改善された。
読んでみたところ、松本明子さんは私以上にヤバい便秘だったようだ。
放っておけば大腸がんのリスクも高まるし、とにかく悪いことづくしなので、もっとよくなりたいと思う。
便の話なんて恥ずかしいことのようだが、食えば出る、というのが生き物だ。
その当たり前のことができていないというのは、むしろおかしい。だから私は、今後も平気で便秘のことを人に相談するし、自分が実践してよかったことも話していこうと思う。
一度、腸洗浄というのにも、機会があれば行ってみたい。
腸の中に余計な物が何もない、という状況を、人生に一度だけでもいいので味わってみたいものだ。
ちなみに、あの事件以来、しばらく怖くて豆乳が飲めなくなったが、今はまた大好きになっている。
ただ、買うのは調整豆乳にしている。
無調整豆乳は、冷蔵庫に入れていても、夏の間は腐りやすいので注意していただきたい。たとえ賞味期間内であっても、ドロッとしているときは飲まないように…。
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