好きな男の子との再会
幼稚園のとき、同じクラスに好きな男の子がいた。
性格はどんなだったかよく覚えてないが、とにかくイケメンで、他にも彼を好きな女の子が沢山いた。
小さい子の言うイケメンなどアテにならないことも多いが、彼の場合、お母さんたちも「N君って男前だね」と言っていた。私も大きくなってからアルバムを見たとき、「本当に可愛い顔してたんだな!」と驚いたぐらいだ。母の話によると、彼のお父さんもすごくハンサムで、お母さんたちがキャーキャーいっていたらしい。
N君と喋ったりしたい気持ちはあるにはあったが、何しろ人気があったので、私は尻込みして近づけなかった。
それに、幼稚園のときの「すき」なんて、そんなたいした感情ではない。
他の女の子がN君にまとわりついていても、ちょっとヤキモチを妬くぐらいで腹も立たないし、しばらくすると、別の子を好きになっていたような気もする。
ただN君は本当に男前だったし、印象的だったから、私の記憶によく残っていた。母も、「アンタN君のこと好きだったよね~」と、幼稚園のアルバムを見ると懐かしそうに言ってくる。
そんなN君と、大学生のときに、私は思わぬ形で再会した。
当時アルバイトしていたレンタルビデオ屋で、電話がかかってきたのを私が取った。
すると、求人募集を見てのアルバイトの応募だった。
大まかな住所や電話番号、年齢、職業などを聞き、最後に名前を尋ねたところ、
「〇〇〇〇です」
N君だ!!
すぐにわかった。
そのビデオ屋は、通っていた幼稚園の近くにあり、N君がその付近のマンションに住んでいると聞いたことも思い出した。
それに、結構珍しい苗字だったし、下の名前も、いそうでいない感じで彼の他に見たことがなかった。絶対に間違いない。
うわ~、N君だ。マジで!? と、ドキドキした。
幼稚園のときに好きだった子となんて、今更再会してどうなることもないだろうが、それでもなんだか嬉しいしときめく。
ただ、職業が『フリーター』というのがちょっと引っかかった。
最近は非正規雇用なんて珍しくないが、そのときは正社員、あるいは学生なのが普通、という時代だったのだ。
後日、面接が行われ、N君は採用となった。
そして初出勤のとき、業務の説明を任されたのが、たまたまそのとき手の空いていた私だった。
(ええ~、なんで私なんだよ。緊張するじゃん~)
と、内心オロオロしつつも、ポーカーフェイスを繕って淡々と喋る私。
N君は、私のことを覚えていないようだった。
そりゃそうだ。一方的に私が好きだったんだし、たぶん、幼稚園にいる間に一度ぐらいしか喋れなかったと思う。
というか、覚えていられていたらむしろ困る。
私はただ、あの頃好きだった男の子の成長した姿を見て、勝手にときめいていたいだけなのだ。
ほんとそれだけ。……だったのだが――。
残念ながら、成長したN君は、ちっとも格好よくなかった。
顔は面影があった。鼻筋がすっと通っていて、唇の形も綺麗だ。しかし、髪をだらしなく伸ばしているせいで、どんな顔をしているのかがそもそもわかりづらい。
あと、喋り方もなんか……こう、いい加減でだるそうな感じ。
おまけにコミュニケーションにも問題があって、これはきっと馴染めないだろうなと思った。うちのバイト先は、わりとみんな仲がよくて、一緒に休みをとって遊びに行くことも多かったのだ。周囲とあまり関わらず、仕事だけをしていたい、という人には合わない。
私の予想は的中し、N君はすぐにバイトを辞めた。
けれどもまさか、たったの一回で来なくなるとは思っていなかった。
母にそのことを話すと、「お母さん、教育熱心そうな人だったから意外やわ。しかも一回目で辞めるってのがちょっとねえ…」と苦笑いしていた。
そりゃあ、初回からブラック感満載の職場なら即辞めるのが普通だと思うが、そうではなかったし。
まあ、N君にも色々思うことがあっての決断だったのだろうが、それにしたってなんだかな~と思ってしまう。みんな優しく迎えていたのに…。
子どもの頃の好きな人と再会したらめちゃくちゃ格好よくなっていたり、そこから恋が始まる、なんて少女漫画を読んだことがあったが、ありゃあ全部フィクションだ、と身に染みてわかった出来事だ。
できるなら、N君にはキラキラした思い出のままでいてほしかった。
恋のお相手と再会なんて、するもんじゃないなと思う。